9度のタイトル

ロナルド・テンケイトがホンダの
マシンで成し遂げた数々の功績を
振り返ってみたい。

最初のタイトルは2002年でしたね。
まだ車両がCBR600F4iの時代。
ファビアン・フォレがアルスター・スズキの2人
(シャンボンと藤原)の追撃を振り切って
WSSのタイトルを獲得。

翌2003年、ホンダはフルモデルチェンジされた
CBR600RRを投入、これを走らせたのが若きオージー
クリス・ヴァーミューレン。
彼はこのマシンで自身初のタイトルを獲得。

2004年にはピレリワンメイクタイヤになるが
元々ピレリを使っていたテンケイトには有利な状況。
再び若きオージー カール・マグレッジがタイトルを獲得。

2005年になるとウィンストンのスポンサーが付いて
鮮やかなブルーのカラーリングに。
この年からニューコンビ セバスチャン・シャルパンティエ
スズキから藤原のコンビ。
しかし、タイトルは圧倒的な強さをみせたシャルパンティエの手に。

2006年もシャルパンティエが強さをみせたが、シーズン中盤に
骨盤を骨折して長期欠場。ヤマハのケヴィン・カーテンが
迫るが、これを抑え続けたのが、この年からチームに来た
若きトルコ人ライダー ケナン・ソフォーグル。
結果的にこれが効いて、最終戦でカーテンが自滅、シャルパンティエは連覇を
飾ることに。

しかし、2007年になると、チーム内の力関係は完全に
逆転。シャルパンティエは全く勝てなくなり、代わって
ソフォーグルが自身初のタイトルを獲得することに。

2008年になるとコンビを一新。2001年王者のアンドリュー・ピットと
BSBからやってきた若きジョナサン・レイ
ベテランのピットを速さで凌駕したレイだったがリタイアも多く
結果的にタイトルはピットの手に。

しかし、迫り来るライバルのマシンの性能アップの前に
遂に2009年にタイトルから陥落。
以降はカワサキに移籍したソフォーグルかヤマハのマシンに
乗るライダーにタイトルを奪われ続けたが、これを止めたのが
2014年のマイケル・ヴァン・デル・マーク。
彼はPATAカラーのCBRを駆り、久々のタイトルをもたらしました。

WSSで通算8度のタイトル獲得
WSBで2007年に1度のタイトル獲得。

偉業だよね、これは。
それだけにホンダの扱いには疑問を感じてしまう。