あれから25年
ウェイン・レイニーがキャリアに終止符を
打つことになった1993年のイタリアGPから
もう25年ですね。
当時はムジェロがサンマリノGPでミザーノが
イタリアGPでしたが、まさかあんな結末になるとはと
今でも思いますね。
この年はとにかくケヴィン・シュワンツが絶好調で
開幕戦から安定感を見せつけてポイントリードを走り
一方、3連覇を狙うレイニーはヤマハの
ニューマシンの仕上がりの遅れに足を引っ張られて
思うようにポイントを重ねられずに来たシーズン。
ところが、このイタリアGPの2つ前のイギリスGPで
シュワンツがまさかの多重クラッシュに巻き込まれノーポイント。
一方のレイニーは2位に入り、ポイントを詰めると
続くチェコGPブルノでは全盛期の勝ちパターンである
ロケットスタートからの逃げ切りで強かった頃のレイニーが
復活したことを印象づけました。
ヤマハのマシンもこのタイミングでようやく仕上がってきてましたね。
完全に流れがレイニーに向いていて、前人未到の
4連覇に向けて、得意の左回りコースのミザーノのレース。
ここで勝って、勢いをつけたいレイニーだけに
序盤から非常にプッシュしながら走っている時のアクシデントでしたね。
たらればはありませんが、もしアクシデントが無ければ
シュワンツがイギリスGPのアクシデントで親指の付け根を
骨折していたことも考えれば4連覇は濃厚であったと思います。
それだけに非常にショックだったし、今でもあの時の映像は
ハッキリ思い出しますね。
グラベルで苦しそうに半身を起こそうとするレイニーの姿を。
と同時にトップライダーでもああいうアクシデントが起こるうる
部分に彼らライダーが多大なリスクを負って走っている
とも改めて認識しましたね。
いささかげんなりする部分もあります。
特にMOTO3クラスですね。
MOTO3時代からきっちり教育をしてくれば起きなかった話。
同じ接触でも最高峰クラスのトップライダーだとペナルティを
受ける今のおかしな状況だと防ぐことは出来ないでしょうね。
その辺はもっとDORNAにきっちりと舵を取って欲しいところ。