フラッシュバック 1997

今日は成人式ですね~~ということで
彼らが生まれた1997年を振り返ってみるか・・って
ロッシさん、既に現役じゃないですか。
さすが生ける伝説。
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500㏄クラスはミックさんが独走状態で
止めたのはクリビエと今はチーム・アジア監督のタディ・岡田さん。
でも個人的にはFCCTSRのNSR500を走らせた青木ノブさんと
レプソルワークスでNSR500Vを走らせた拓磨選手の
共演が印象深いかな。
特に拓磨選手は非力な500Vを補って余りあるブレーキングで
4気筒勢に食らいつく走りで、他メーカーの4発と
互角の走りだったからね。
多分、既定路線ならその後は4気筒に乗ったハズだから
拓磨選手がNSR500でどういう走りをみせてくれたのか、
見たかったなぁ。
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あと、今やGPに欠かせないエナジードリンクの走り
レッドブルがお目見えしたのもこの年。
ヤマハWCMのスポンサーとしてシーズン後半から出てきましたね。
前半はプロモーターパワーホースでした。
トロイ・コーサーにとっては黒歴史
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250はマックス・ビアッジの電撃移籍でホンダのビアッジ対
アプリリアの原田選手の戦いが実現。
最終的にはビアッジ対ワルドマンのNSR同士の戦いを制した
ビアッジが4連覇。
ちなみに92年に登場したプロアーム仕様のNSRはこの年が最後。
翌年はサイドラジエターのトンデモマシンになって登場します。
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125はこのクラス2年目のヴァレンティーノ・ロッシ
自身初となるワールドチャンピオンに輝きましたね。
当時のライバルはノンスポンサーの苦しい状況で走り続けた
ノビー上田さん。
まあ、ぶっちゃけマシンの性能からしアプリリアのワークスの方が
速くて当たり前。
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WSBは前年のフォガティとコシンスキーがチームを入れ替えて
ドゥカティとホンダで再度激突。
結果的にコシンスキーがホンダワークスとしては初めての
タイトルを手にしました。
RC45はこの年、かなり熟成されていて鈴鹿8耐でも
伊藤、宇川ペアで優勝しましたね。

全日本ではマールボロカラーのYZFを駆った芳賀選手が
無双でタイトル獲得、250は大ちゃんが初タイトルでしたね。

う~~ん、懐かしいなぁ。
ヤマハのGPは暗黒時代だった。