パニガーレの6年を振り返る PART2

結果的にこの2013年シーズンのハイライトは
このポールポジション獲得1回のみに集約されたと
言っても良い惨敗のシーズンとなりました。

優勝は愚か、表彰台にも届かず、10位前後を
ウロウロするのが精一杯というレースが続くことになりましたね。
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これはWSBを戦うにおいて重要なキーポイントである
ピレリタイヤの使いこなしという点においてパニガーレが
全く出来ていなかったということが大きい。
ドゥカティはパニガーレをデビューさせるにおいて、
伝統のトリレスフレームを捨てて、アルミモノコックという
画期的なレイアウトを採用してますが、それだけノウハウが
無い車体ということで、タイヤに対する攻撃性が非常に高い
シャシーに仕上がっていたようですね。
開幕戦でチェカがポールを獲得していますが、これは予選のみの
ソフトタイヤでの一周の速さは出せることを証明したものの、
その速さをレースでは持続できないという問題を抱えることに。
それまでのドゥカティのトリレスフレームはタイヤに優しい
というアドバンテージを持っていたんですが・・・。
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ドゥカティとしては当然、レースで結果を出すためにタイヤを
持たせるセッティングを模索していくことになりますが
そうなると固めのハードタイヤしか選べず、全くレースでの
速さが欠けてしまい勝負にならない、加えて予選の速さも失われる
という悪循環に陥ってしまい、スタート位置が後ろで
そこから追い上げることもままならず、終盤は更に順位を
下げるという最悪な展開が続き、常に10位前後を走る結果となってしまいました。

パニガーレがフロントメンバーに戻るには
この欠点にどう対処するのかという点が
後々の課題になってきますね。

また、この結果を受けて、DORNAも3つの足かせを見直すこととなり
わずか3戦目で最低重量を4気筒の+2kgまで軽減、
さらにエアリストリクターも段階的に緩和をしていきます。
2013年シーズン終了時点では最低重量は4気筒と同等
エアリストリクターは無しというところまでハンデは軽減されることになります。

結果的にドゥカティはアルスターとのジョイントを
わずか1年で解除、ライダーも全面的に見直しを図り
2014年、新たなスタートを切ることになります。

ちなみに2013年のタイトルはトム・サイクスが獲得しました。