そもそもの話

共通ソフト導入の際に、一番強固に
反対したのがHRCの中本さんだったんですよね。

その中本さんが折れたのは、共通ソフトの
開発にホンダも関わることが出来るというのが条件に
入ったから。
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この共通ソフト導入に関しては、当時、復帰してきた
スズキとアプリリアは入れなくって、ドゥカティ
ヤマハ、ホンダが中心となって進めていた話。
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つまり、ホンダ、ヤマハドゥカティの3メーカーだけが
アクセスできるサーバに、マニエッティ・マレリの
ソフトのソースコードが開示されていて、改良を加える際には
3メーカーの合意を得て、手を加えることが出来る。
というのが導入に際しての基本条件だった。

しかし、DORNA側の窓口であったマイク・ウェッブは
ソフト面に関しては、ど素人で、この時の条件が
どういうことを意味しているのか、全く理解しておらず
結果的に、この時の条件は何一つ、履行されていない。
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だから各メーカーはマニエッティソフトの解析に
奔走することになったんですよね。
まあ、ドゥカティは当時からマニエッティと人の行き来が
あったから、予想していたんだろうけど・・・。